エカワ珈琲店のブログ

和歌山市で営業している珈琲屋の雑話です

 
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アーカイブ

全国規模のマスメディアや地域限定のマスメディアに無理して登場しなくても

コーヒー豆の自家焙煎を開始してから約30年経過しているのですが、全国規模で影響力を持っているマスメディアに紹介してもらった経験は、これまで一度もありません。

若者たちの反乱

1969年の1月18日から19日にかけて、「東大安田講堂の攻防戦」がテレビで生中継されていました。 その後遺症で、この年、東京大学では入学試験が中止になったわけです。

立地商売にさようならを

少なくとも、エカワ珈琲店は、立地に依存する商売をしていません。 一昔(10年以上)前から、立地に依存する商売が通用しなくなってしまって、自然の成り行きとして、エカワ珈琲店とコーヒーの好みを同じくするお客様に依存する商売へと転換することができま…

マスメディア的マーケティングにさようならを

アメリカの音楽業界、新聞業界、出版業界のマスメディア事業者は、「〇〇賞受賞」、「ランキングに掲載される」、「注目のニュースランキング」、「〇〇万部突破」、「〇〇万枚突破」、「発行部数〇〇万部」、「発行部数世界一」、「イベントの実施」、「キ…

売るためのコストと、買ってからのコスト

エカワ珈琲店は、自家焙煎コーヒー豆の小売専門店(焙煎コーヒー豆の製造小売店)です。 エカワ珈琲店が小売販売している自家焙煎コーヒー豆には、2つのコストが存在しているのだと思います。 焙煎コーヒー豆を売るためのコスト(エカワ珈琲店のコスト)と、焙…

昭和26年/私の生まれた年

私(エカワ珈琲店の店主)がこの世に生まれたのは、1951年、昭和26年のことです。 前年の昭和25年6月25日に勃発した朝鮮戦争の影響で、日本経済は特需景気に沸いていた年です。

昭和26年/1951年(昭和26年)には

昭和26年、どのような1年だったのだろうかと、調べてみました。まず、物の値段ですが、銀行員の初任給が3000円、コメ10kgで450円くらい、たばこ(ゴールデンバット)が30円、森永のキャラメルが20円といったところです。

昭和35年/サイフの中身

昭和35年の大企業に勤務する平均的なサラリーマンの月収は、年齢35歳で約4万2000円、大都市郊外の借家暮らしで、そこから都心の勤務先に通勤するというパターンが一般的だったのだと思います。通勤電車は、いつも超満員で、乗客を車両に押し込む学…

昭和36年/真夜中の太陽

どういうわけか、地球が少しずつ太陽に近づきつつある時代、とあるアパートの一室で、20代の女性が、そのアパートから見ることのできる太陽の姿を、カンバスに描いている。毎日、地球が太陽に、少しずつ近づいているので、カンバスに描かれる太陽も、窓の…

昭和37年/続1962年(昭和37年)のこと

昭和37年、14型白黒テレビの価格は、5万円から6万円くらいだったとあります。この年の3月に、NHKのテレビ受信契約数が1000万契約を突破しています。なお、東京都の人口が1000万人を突破したのは、この年の2月で、世界初の1000万人都…

昭和37年/1962年(昭和37年)のこと

週刊少年サンデーで、『おそ松くん(作・赤塚不二夫)』の連載が始まったのが、昭和37年4月です。小学校の5年生で、その頃、比較的裕福な家庭環境にあった私は、毎週、本屋さんから「週刊少年サンデー」を配達してもらって、読んでいました。

現在のマスメディア、これからのマスメディア

20世紀のマスメディアですが、ニュースの消費者が、そのニュースをどのマスメディアを通じて知る事になるのかを競争していたのだと思います。 現在のマスメディアの競争も、20世紀のマスメディアの競争と、それほど変化していないのかもしれません。

昭和35年/1960年頃の個人商店

1960年(昭和35年)頃の日本、高度経済成長の前夜で、貧富の差が大きくて、貧乏な人が数多く存在していた時代です。その時代、貧乏な人がそれなりの自営業を営むのは、資金的な理由からものすごく難しいことでした。

昭和41年/若大将シリーズ

昭和41年(1966年)は、「君といつまでも」・「青い星屑」・「お嫁においで」と、加山雄三の歌が連続してヒットした年です。この年は、あの「ビートルズ」が来日した年でもあります。

昭和39年/平凡パンチ

1964年5月、平凡パンチという雑誌が創刊されました。日本初、若い男性向け生活支援型週刊誌の誕生でした。1964年、昭和39年といえば、東京オリンピックが開催された年です。日本経済が、ものすごい勢いで成長していた時代です。

朝鮮戦争

昭和26年4月11日、国連軍最高司令官で、日本を占領していたGHQのトップだったダグラス・マッカーサー将軍が、アメリカ大統領トルーマンによって解任されました。

抜き打ち解散とバカヤロー解散

昭和21年5月、鳩山一郎自由党総裁が官職を追放され、その直後に、第1次吉田茂内閣が成立してから、昭和29年12月、追放が解除されて政界に復帰していた鳩山一郎民主党総裁に政権を譲り渡すまで、昭和22年5月に成立した片山内閣、昭和23年3月か…

街頭テレビ

テレビ放映がスタートしたのは、昭和28年(1953年)2月1日、NHK東京の『JОAK-TV、こちらNHK東京テレビジョンであります』によって開始されたとあります。今から、半世紀以上も前のことです。当時のNHK受信契約台数は、わずか866台だ…

複業が当たり前の時代に・・・

零細生業自己雇用者の世界での話しなのですが、『複業』が当たり前になってきています。 街の電器屋さんが灯油も配達している、街のカレー屋さんは朝から中央市場でアルバイト、街のお米屋さんは運送会社の下請けをしていたり、等々、1つの仕事で食べていけ…

昭和46年/コロナマークⅡハードトップ

1970年の3月に高校を卒業して、1年間の大学受験浪人の末、1971年の4月に大学生となり、その年の夏休みに普通免許を取得して、中秋の10月に、中古車でしたが、トヨタのコロナマークⅡハードトップという、その時代の高級車を親に買ってもらいまし…

それほど必死に働かなくても

私は、今年の秋で62歳になりました。 脱サラ前の職場なら、一度定年を迎えて再雇用で働いているか、あるいは、年金生活をしているはずです。 だけど、悠々自適の生活を送れるほどの貯えもなくて、60歳から頂いている年金といっても、ほんの僅かです。 で…

地図をベースとする商売、コモディティー商売、コミュニティー商売

その昔、商売と言えば、人の集まっている場所で商売を営む地図をベースとする立地商売だけを思い浮かべれば良かったわけです。 21世紀の現在はと言うと、3種類のタイプの商売を思い浮かべる必要があるのだと思います。

毎日が投資です

零細生業パパママ店の商売については、間違いなく毎日の積み重ねの結果として、今日の商売があるのだと思います。 毎日、毎日、少しだけ、自分たちの商売に投資をしているのだと思います。 少しだけの投資を積み重ねることによって、今の商売が成り立ってい…

昭和50年/ヴァンジャケット

1960年代、1970年代と、一世を風靡したアイビーファッションの雄『ヴァンジャケット』は、昭和26年に大阪で、後にファッションの神様と呼ばれる石津謙介によって創業されました。 ヴァンジャケットは順調に業績を伸ばして、昭和30年には本格的な…

昭和49年/青春のフォークソング

この年齢(私は61歳です)になって、「一番好きな音楽は」と聞かれると、1970年代前半の音楽だと答えます。 フォークソングに限らず、あの時代の音楽が、体のどこかに染み付いているのだと思います。

昭和46年/フラワーメグ

団塊パンチ2007年8月号に、『帰ってきたフラワーメグ・・・インタビュー』という記事が載っているということで、書店を探し回ったのですが、見つけることができず、アマゾンで購入しようと検索すると、在庫切れになっていました。 団塊パンチ 4 作者: 団塊…

昭和45年/アンアン

1970年(昭和45年)、大阪で万国博覧会が開催された年、その年の3月3日、桃の節句の日に、新しい女性雑誌「アンアン」が創刊されました。 芸能雑誌の「平凡」や若い男性向け雑誌「平凡パンチ」を発行していた平凡出版社(現、マガジンハウス)が、新しい…

昭和45年/赤頭巾ちゃん気をつけて

1970年の1月から3月にかけて、「芥川賞」を受賞したばかりの小説、『赤頭巾ちゃん気をつけて』がベストセラーになっていました。 私は、高校の卒業式をまじかに控えた、流行や宣伝に弱い少し軽薄なタイプの青年でしたから、新聞広告の何十万部突破とい…

昭和43年/ミネルバ茶房

1968年(昭和43年)に発表された、五木寛之の小説『ソフィアの秋』の舞台となった喫茶店、それが『ミネルバ茶房』です。 私は、この小説の冒頭部分、「店もまた人である、・・・ミネルバ茶房は、とりもなおさず、そこの店主であるところの影山真陽氏の、…

昭和42年/青年は荒野をめざす

1967年(昭和42年)1月、前年の秋、別冊文芸春秋に発表した『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞した五木寛之が、当時、若い男性に人気のあった『週刊平凡パンチ』に、昭和42年3月から10月まで連載した青春小説、それが『青年は荒野をめざす』です。

昭和45年/1970年の雰囲気・下

演歌の星と呼ばれていた藤圭子さんが歌う曲が、連続して大ヒットしていまいた。 1969年(昭和44年)の秋、『新宿の女』で歌謡界に登場した藤圭子さんは、1970年に入ってから、『生命ぎりぎり』・『女のブルース』・『圭子の夢は夜ひらく』・『命預け…

昭和45年/1970年の雰囲気・上

1970年当時、東京六本木界隈の外食価格です。 外国人観光客にも人気のある鳥長はやきとり1本80円、きじやきどんぶり250円。立木義浩が推薦している。 俳優座裏の越は、おふくろの味で一杯やる店。ぞうすい320円。(関口宏推薦) 同じく俳優座並び…

昭和41年/一億人突破

昭和41年(1966年)の法務省の住民登録についての発表によると、昭和41年3月末日現在、日本の人口は1億55万4894人で、日本の人口が1億人の大台を突破したとあります。同時に、1世帯あたりの人数も、4人を割ったと書いてあります。昭和20…

昭和40年/悲しき願い

『悲しき願い』、尾藤イサオが歌ったこの曲が流行っていたのは、私の中学時代のことです。昭和40年、中学2年生の頃の事だと記憶しているのですが、定かではありません。「誰のせいでもありゃしない、みんなオイラが悪いのさ」は、当時、私が通学していた…

昭和39年/1964年のこと

昭和39年頃の、喫茶店でのコーヒー1杯の値段について、何故か時々、問い合わせがあります。昭和39年(1964年)といえば、私は、まだ中学1年生でした。母親が喫茶店を経営していたので、当時のメニューなどは、漠然としてですが覚えています。

昭和38年/ジョン・F・ケネディー大統領

昭和38年11月22日金曜日、アメリカ大統領ジョン・F・ケネディーが、ダラス市内をオープンカーでパレード中、何物かによって射殺されました。享年は、46歳でした。

ライフスタイルメディア

何年も前から、新聞は購読していません。 もう何年も前から、最近は特にそうなのですが、テレビのニュース番組にも興味が無くなってしまっています。 マスメディアのニュースについては、GoogleニュースやYahooニュースで事足りています。

マスメディアに相手にされなくても新しいメディアがあります

20年以上も、和歌山市の雑賀屋町で自家焙煎のコーヒー豆を小売販売しているエカワ珈琲店ですが、一度として、伝統的なメディアであるテレビやラジオで紹介してもらったことはありません。

人は誰でも苦しみを持っている、でも・・・

人は誰でも、苦しみを持っています。「お金が無いので、欲しいものを買うことができない」、「ショートパンツだと、お尻が太っているように見える」、「こんなに良心的な商売をしているのに、売上が芳しくない」、「仕事がハード過ぎて」というような自分自…

小規模ビジネスの強み

小さな事業者は、規模の大きな企業とは、全く違ったすごい力を持っているのだと思います。 アメリカの起業家でライターでマーケッティングの語り部であるSeth Godin (セス・ゴーディン)さんは、過去数年間でアシスタント従業員を一人だけしか雇用していない…

中途半端な貧乏人

健康であれば、働くことができます。 働くことができるならば、年齢が年齢ですから、何とか食べて行く術を身につけています。それが、人生経験というものです。

アメリカンコーヒー騒動

日曜日に放映されたテレビ番組(あるある大事典)のおかげかどうかわかりませんが、昨日は、久しぶりのお客さんが何名か来店してくれた1日でした。 マンデリン・ハワイコナ・アメリカンコーヒーの購入を、希望するお客さんです。 テレビ番組では、コーヒーに…

自営業者、自己雇用者優遇政策は、日本経済を成長させるはずです

流通・サービス業の世界では、正規社員の人数をできるだけ少なくして、非正規社員の人数を増やす方向に流れが動いていて、この流れは、もう防ぐことができない状況になっているみたいです。