江川珈琲店のブログ

「エカワ」は音声検索で表示され難いようなので、またまた、「江川珈琲店のブログ」にブログタイトル名を変更しました。

 
Yahoo!ショッピング  ロハコ  アマゾン  楽天市場   ノート(有料記事)  エカワ珈琲店  
 

アーカイブ

昭和37年/続1962年(昭和37年)のこと

昭和37年、14型白黒テレビの価格は、5万円から6万円くらいだったとあります。この年の3月に、NHKのテレビ受信契約数が1000万契約を突破しています。なお、東京都の人口が1000万人を突破したのは、この年の2月で、世界初の1000万人都…

昭和37年/1962年(昭和37年)のこと

週刊少年サンデーで、『おそ松くん(作・赤塚不二夫)』の連載が始まったのが、昭和37年4月です。小学校の5年生で、その頃、比較的裕福な家庭環境にあった私は、毎週、本屋さんから「週刊少年サンデー」を配達してもらって、読んでいました。

現在のマスメディア、これからのマスメディア

20世紀のマスメディアですが、ニュースの消費者が、そのニュースをどのマスメディアを通じて知る事になるのかを競争していたのだと思います。 現在のマスメディアの競争も、20世紀のマスメディアの競争と、それほど変化していないのかもしれません。

自動車の運転体験と人生の運転体験

街中にて自動車を走らせていて、毎日、どのくらいの平均速度で走行しているのだろうかと考えることがあります。おそらく、推測しているよりも、相当に低いスピードで走行しているのだと思います。

昭和35年/1960年頃の個人商店

1960年(昭和35年)頃の日本、高度経済成長の前夜で、貧富の差が大きくて、貧乏な人が数多く存在していた時代です。その時代、貧乏な人がそれなりの自営業を営むのは、資金的な理由からものすごく難しいことでした。

釣鐘曲線は動いている/多くの人がオタク化している

商品・サービスの普及過程を説明したエヴェリット・ロジャース教授の釣鐘曲線は、よく知られています。

昭和41年/若大将シリーズ

昭和41年(1966年)は、「君といつまでも」・「青い星屑」・「お嫁においで」と、加山雄三の歌が連続してヒットした年です。この年は、あの「ビートルズ」が来日した年でもあります。

昭和39年/平凡パンチ

1964年5月、平凡パンチという雑誌が創刊されました。日本初、若い男性向け生活支援型週刊誌の誕生でした。1964年、昭和39年といえば、東京オリンピックが開催された年です。日本経済が、ものすごい勢いで成長していた時代です。

朝鮮戦争

昭和26年4月11日、国連軍最高司令官で、日本を占領していたGHQのトップだったダグラス・マッカーサー将軍が、アメリカ大統領トルーマンによって解任されました。

高級ブランドは終了するのか

セスゴーディンさんの「Seth's Blog: Is digital the end of luxury brands?」を参考にさて頂いて、高級ブランドについて考察してみました。 高級ブランドのふるさとは、1600年代のフランスの財務官僚ジャン・パティスト・コルベールによる、重商主義政…

抜き打ち解散とバカヤロー解散

昭和21年5月、鳩山一郎自由党総裁が官職を追放され、その直後に、第1次吉田茂内閣が成立してから、昭和29年12月、追放が解除されて政界に復帰していた鳩山一郎民主党総裁に政権を譲り渡すまで、昭和22年5月に成立した片山内閣、昭和23年3月か…

運命について

「運命」という言葉を辞書で調べると、「超自然的な力に支配されて、人の上に訪れるめぐりあわせ。天命によって定められた人の運。」とあります。 そして、「過去の姿(原因)が決まっているのなら、未来の姿(結果)も決まっている」という考え方を『運命論』と…

街頭テレビ

テレビ放映がスタートしたのは、昭和28年(1953年)2月1日、NHK東京の『JОAK-TV、こちらNHK東京テレビジョンであります』によって開始されたとあります。今から、半世紀以上も前のことです。当時のNHK受信契約台数は、わずか866台だ…

70年前、35年前と現在(2017年)の勤務風景

昭和30年代の大ベストセラー小説、五味川純平の「人間の条件」、その第1巻の5ページくらいに、「50人ほども机を並べている広い課内で、真剣に仕事をしている者は少なかった。巨大な会社では、たいていどこでもそうである。定時に出勤して退社する。そ…

複業が当たり前の時代に・・・

零細生業自己雇用者の世界での話しなのですが、『複業』が当たり前になってきています。 街の電器屋さんが灯油も配達している、街のカレー屋さんは朝から中央市場でアルバイト、街のお米屋さんは運送会社の下請けをしていたり、等々、1つの仕事で食べていけ…

昭和46年/コロナマークⅡハードトップ

1970年の3月に高校を卒業して、1年間の大学受験浪人の末、1971年の4月に大学生となり、その年の夏休みに普通免許を取得して、中秋の10月に、中古車でしたが、トヨタのコロナマークⅡハードトップという、その時代の高級車を親に買ってもらいまし…

それほど必死に働かなくても

私は、今年の秋で62歳になりました。 脱サラ前の職場なら、一度定年を迎えて再雇用で働いているか、あるいは、年金生活をしているはずです。 だけど、悠々自適の生活を送れるほどの貯えもなくて、60歳から頂いている年金といっても、ほんの僅かです。 で…

地図をベースとする商売、コモディティー商売、コミュニティー商売

その昔、商売と言えば、人の集まっている場所で商売を営む地図をベースとする立地商売だけを思い浮かべれば良かったわけです。 21世紀の現在はと言うと、3種類のタイプの商売を思い浮かべる必要があるのだと思います。

コーヒーの日/National Coffee Day

世界各国では独自に「コーヒーの日(National Coffee Day/ナショナルコーヒーデー)」を設定して様々な記念行事が執り行われています。 世界各国の「コーヒーの日」は、以下の通りです。 デンマークは5月24日、ノルウェーは8月18日、コスタリカは9月1…

国際コーヒーデー(国際コーヒーの日)

アメリカ、イギリスなどの国々では、毎年、9月29日を国際コーヒーデー(International Coffee Day)として、ポピュラーな飲み物であるコーヒーを楽しみ、そして、祝賀するための記念行事が行われているようです。 9月29日は、また、コーヒー栽培者の生活…

お布施の原理

40年以上前に発表された梅棹忠夫さんの「情報産業論」という論文の中に、「お布施の原理」という考え方が紹介されています。 お布施の額は、お坊さんと檀家の格によって決まるという話です。格式の高いお坊さんには、お布施をたくさん支払います。また、檀家…

お金の職人心得

エカワ珈琲店ですが、今まで、ほとんど何も考えることもなく、ただ時間に流されるままにお金と対してきました。軽い気持ちでお金を使ってしまって、その支払いに追われる日々、それがエカワ珈琲店の日常でした。 でも、それが通用したのは、昭和の時代と平成…

毎日が投資です

零細生業パパママ店の商売については、間違いなく毎日の積み重ねの結果として、今日の商売があるのだと思います。 毎日、毎日、少しだけ、自分たちの商売に投資をしているのだと思います。 少しだけの投資を積み重ねることによって、今の商売が成り立ってい…

付加価値を決めるのはお客さん

脱サラして約20年、その約20年間の商売体験に基づく付加価値に関する経験則を書きます。 零細生業パパママ店が頂戴できる付加価値ですが、商店経営者が勝手に決めるものではなくて、お客さんが決めてくれるものなのだと思います。 この商品の品質レベル…

昭和50年/ヴァンジャケット

1960年代、1970年代と、一世を風靡したアイビーファッションの雄『ヴァンジャケット』は、昭和26年に大阪で、後にファッションの神様と呼ばれる石津謙介によって創業されました。 ヴァンジャケットは順調に業績を伸ばして、昭和30年には本格的な…

昭和49年/青春のフォークソング

この年齢(私は61歳です)になって、「一番好きな音楽は」と聞かれると、1970年代前半の音楽だと答えます。 フォークソングに限らず、あの時代の音楽が、体のどこかに染み付いているのだと思います。

昭和46年/フラワーメグ

団塊パンチ2007年8月号に、『帰ってきたフラワーメグ・・・インタビュー』という記事が載っているということで、書店を探し回ったのですが、見つけることができず、アマゾンで購入しようと検索すると、在庫切れになっていました。 団塊パンチ 4 作者: 団塊…

昭和45年/アンアン

1970年(昭和45年)、大阪で万国博覧会が開催された年、その年の3月3日、桃の節句の日に、新しい女性雑誌「アンアン」が創刊されました。 芸能雑誌の「平凡」や若い男性向け雑誌「平凡パンチ」を発行していた平凡出版社(現、マガジンハウス)が、新しい…

失業という言葉が無くなる日

家内制手工業の時代、生産者(とその家族)は、生産に必要な財を直接所有していました。 その時代の仕事の中心は、職人による手仕事で熟練を必要とするのが一般的でした。 産業革命以前の、今から何世代も前の時代の話です。 その後、設備と作業をする人を工場…

昭和45年/赤頭巾ちゃん気をつけて

1970年の1月から3月にかけて、「芥川賞」を受賞したばかりの小説、『赤頭巾ちゃん気をつけて』がベストセラーになっていました。 私は、高校の卒業式をまじかに控えた、流行や宣伝に弱い少し軽薄なタイプの青年でしたから、新聞広告の何十万部突破とい…