エカワ雑記店

和歌山市のエカワ珈琲店が綴る雑記ブログでず

 
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昭和物語

テレビが我が家にやって来た

「テレビが我が家にやって来た」、団塊の世代なら誰でも経験したことのある出来事です。 エカワ珈琲店の店主が「テレビが我が家にやって来た」を経験したのは、昭和33年(1958年)の5月頃のことで、その時代、まだまだ珍しかったテレビ受像機が、我が家…

1970年の雰囲気

1970年当時、東京六本木界隈の外食価格です。 外国人観光客にも人気のある鳥長はやきとり1本80円、きじやきどんぶり250円。立木義浩が推薦している。 俳優座裏の越は、おふくろの味で一杯やる店。ぞうすい320円。(関口宏推薦) 同じく俳優座並び…

昭和33年/3丁目の夕日の時代

映画『3丁目の夕日』の舞台となった年が、昭和33年です。 戦後が終わったということでしたが、日本は、まだ貧しかった時代です。 昭和31年、32年と続いた『神武景気』が終了して、『鍋底景気』と呼ばれる経済の低迷期に入っていました。

昭和55年と平成24年と

昨日(2012年1月14日)の土曜日、午後の9時から、NHKで「とんび/後半」というドラマ番組を見ました。ドラマの出だしの部分の時代設定は、昭和55年でした。 面白かったので、1週間前の土曜日に放映された「とんび/前半」も見たくなりました。で…

昭和31年/邦画5社協定

昭和31年10月、日本の大手映画会社、東宝・松竹・東映・大映・新東宝の5社が、映画製作を再開した日活による俳優引き抜きを封じる目的で、協定を結びました。 その後、石原裕次郎・小林旭といった若い俳優さんの出演する、日活アクション映画が大ヒット…

昭和31年/もはや戦後ではない

『もはや戦後ではない』、昭和30年の経済状況を報告している、昭和31年度の『経済白書』に使われている言葉です。 この『もはや戦後ではない』という言葉、昭和31年の流行語になったわけですが、最初にこの言葉を使ったのは中野好夫という人で、昭和3…

昭和31年/昭和31年頃の鉄道事情

昭和30年頃の日本、皆忙しく朝から晩まで働き続けていた時代です。日曜日に休めれば良いほうで、盆・暮れ以外は、朝から晩まで働きづめという人がたくさん存在していた時代です。 長距離交通の手段は、列車だけという時代で、朝早く東京を出発して、大阪到…

昭和32年/10円噴水ジュース

コーヒー業界の人間ですから、ホシザキ電機の名前は知っています。飲食店向けの製氷機などを作っている会社で、21世紀の現在でも、訪問営業主体の販売方法を採用している会社です。 昭和30年代、デパートの屋上遊園地などに行くと、ジュースの噴水が見え…

昭和31年/長者町のレストラン

クレージー・ケンバンドの曲に、1960年代をテーマにした「長者町ブルース」というのがあります。 私は、長者町というのは、架空の町だと勝手に思い込んでいたのですが、最近になって、横浜市に長者町という町が実在していて、『伊勢佐木長者町駅』という…

昭和32年/流通革命

昭和32年9月、大阪市の京阪本線千林駅前商店街に、後に日本一の小売業者となる『主婦の店ダイエー』がオープンしました。 最初、薬だけの販売でしたが、すぐに食品類も取り扱うようになって、翌年昭和33年の12月には、神戸市に三宮店をオープンします…

昭和33年/月光仮面とスーパーマンと

昭和33年の視聴率ランキングは、①スーパーマン②プロ野球日本シリーズ③おトラさん④私の秘密⑤サーカスボーイ⑥名犬リンチンチン⑦お笑い3人組⑧ダイヤル110番⑨月光仮面⑩名犬ラッシーとなっています。 この10番組のうち、「スーパーマン」・「私の秘密」・…

昭和33年/3丁目の夕日の時代/その3

『三丁目の夕日』の時代、昭和30年代の前半から中頃、日本が戦後経済復興期の真っ只中に在った時代。エンゲル係数という言葉が徘徊していた時代ですから、日本国中に「貧しさ」があふれていたのだと思います。 陽のあたる坂道 (1962年) (新潮文庫) 作者: …

昭和33年/3丁目の夕日の時代/その2

「戦後が終わった」と言われ始めていた頃、昭和33年前後には、正真正銘の格差社会が存在していました。家賃数百円で、4畳半一間のボロボロ長屋に、一家数人が暮らしているというような光景が、都会のあっちらこっちらに存在していました。 人間の條件〈上…

昭和33年/3丁目の夕日の時代/その1

映画『3丁目の夕日』の舞台となった年が、昭和33年です。戦後が終わったということでしたが、日本は、まだ貧しかった時代です。昭和31年、32年と続いた『神武景気』が終了して、『鍋底景気』と呼ばれる経済の低迷期に入っていました。低迷期といって…

昭和34年/少年サンデーと少年マガジン

昭和31年、新潮社から『週刊新潮』が発売されて、それがきっかけで週刊誌を発行する出版社が続出、昭和34年3月26日の『週刊少年マガジン』創刊、4月5日の『週刊少年サンデー』創刊で、漫画雑誌の世界にも週刊化の波が訪れました。

昭和33年/テレビが我が家にやって来た

昭和33年(1958年)の5月頃、その時代、まだまだ珍しかったテレビ受像機が、我が家に突然やって来ました。 我が家というより、母親の経営している喫茶店に、というほうが正しいのかもしれません。 私が、突然と感じたのは、小学1年生で、まだ幼かった…

昭和37年/週刊ハイライト

写真家長友健二さんが30歳の頃、編集長をしていた芸能週刊誌、それが『週刊ハイライト』です。 昭和37年(1962年)の夏創刊で、日本ジャーナルプレス社という出版社から発行されていました。

昭和48年/1973年(昭和48年)の夏休み

その昔、30数年前のこと、昭和48年の夏のお話です。 学生だった私は、夏休み、製氷と低温倉庫を営んでいる会社でアルバイトをしていました。 今も昔も、暑さに弱いので、暑さ逃れを兼ねてのアルバイトだったわけです。

昭和48年/同棲時代

1972年、「週刊漫画アクション」に発表された上村一夫の劇画『同棲時代』ですが、翌年(1973年)、由美かおる主演で映画化され大ヒットしました。 上村一夫作詞・都倉俊一作曲で大信田礼子が歌っていた「同棲時代」もヒットして、『同棲』という言葉が…