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昭和41年/若大将シリーズ

昭和41年(1966年)は、「君といつまでも」・「青い星屑」・「お嫁においで」と、加山雄三の歌が連続してヒットした年です。この年は、あの「ビートルズ」が来日した年でもあります。

昭和39年/平凡パンチ

1964年5月、平凡パンチという雑誌が創刊されました。日本初、若い男性向け生活支援型週刊誌の誕生でした。1964年、昭和39年といえば、東京オリンピックが開催された年です。日本経済が、ものすごい勢いで成長していた時代です。

昭和46年/コロナマークⅡハードトップ

1970年の3月に高校を卒業して、1年間の大学受験浪人の末、1971年の4月に大学生となり、その年の夏休みに普通免許を取得して、中秋の10月に、中古車でしたが、トヨタのコロナマークⅡハードトップという、その時代の高級車を親に買ってもらいまし…

昭和50年/ヴァンジャケット

1960年代、1970年代と、一世を風靡したアイビーファッションの雄『ヴァンジャケット』は、昭和26年に大阪で、後にファッションの神様と呼ばれる石津謙介によって創業されました。 ヴァンジャケットは順調に業績を伸ばして、昭和30年には本格的な…

昭和49年/青春のフォークソング

この年齢(私は61歳です)になって、「一番好きな音楽は」と聞かれると、1970年代前半の音楽だと答えます。 フォークソングに限らず、あの時代の音楽が、体のどこかに染み付いているのだと思います。

昭和45年/アンアン

1970年(昭和45年)、大阪で万国博覧会が開催された年、その年の3月3日、桃の節句の日に、新しい女性雑誌「アンアン」が創刊されました。 芸能雑誌の「平凡」や若い男性向け雑誌「平凡パンチ」を発行していた平凡出版社(現、マガジンハウス)が、新しい…

昭和45年/赤頭巾ちゃん気をつけて

1970年の1月から3月にかけて、「芥川賞」を受賞したばかりの小説、『赤頭巾ちゃん気をつけて』がベストセラーになっていました。 私は、高校の卒業式をまじかに控えた、流行や宣伝に弱い少し軽薄なタイプの青年でしたから、新聞広告の何十万部突破とい…

昭和43年/ミネルバ茶房

1968年(昭和43年)に発表された、五木寛之の小説『ソフィアの秋』の舞台となった喫茶店、それが『ミネルバ茶房』です。 私は、この小説の冒頭部分、「店もまた人である、・・・ミネルバ茶房は、とりもなおさず、そこの店主であるところの影山真陽氏の、…

昭和42年/青年は荒野をめざす

1967年(昭和42年)1月、前年の秋、別冊文芸春秋に発表した『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞した五木寛之が、当時、若い男性に人気のあった『週刊平凡パンチ』に、昭和42年3月から10月まで連載した青春小説、それが『青年は荒野をめざす』です。

昭和45年/1970年の雰囲気・下

演歌の星と呼ばれていた藤圭子さんが歌う曲が、連続して大ヒットしていまいた。 1969年(昭和44年)の秋、『新宿の女』で歌謡界に登場した藤圭子さんは、1970年に入ってから、『生命ぎりぎり』・『女のブルース』・『圭子の夢は夜ひらく』・『命預け…

昭和45年/1970年の雰囲気・上

1970年当時、東京六本木界隈の外食価格です。 外国人観光客にも人気のある鳥長はやきとり1本80円、きじやきどんぶり250円。立木義浩が推薦している。 俳優座裏の越は、おふくろの味で一杯やる店。ぞうすい320円。(関口宏推薦) 同じく俳優座並び…

昭和39年/1964年のこと

昭和39年頃の、喫茶店でのコーヒー1杯の値段について、何故か時々、問い合わせがあります。昭和39年(1964年)といえば、私は、まだ中学1年生でした。母親が喫茶店を経営していたので、当時のメニューなどは、漠然としてですが覚えています。