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昭和45年/1970年の雰囲気・下

昭和考

演歌の星と呼ばれていた藤圭子さんが歌う曲が、連続して大ヒットしていまいた。

1969年(昭和44年)の秋、『新宿の女』で歌謡界に登場した藤圭子さんは、1970年に入ってから、『生命ぎりぎり』・『女のブルース』・『圭子の夢は夜ひらく』・『命預けます』とヒット曲を連発します。

 

「石坂まさを」さんの作詞で、何となく17歳の少女の暗さを感じさせる歌でした。

1970年の日本は、高度経済成長の最終段階に入っていましたが、貧困や社会的な暗さがあちらこちらに存在していた時代です。 

 

1970年の9月に発表された、昭和44年(1969年)の脱税業種ワースト10を紹介します。

≪1位≫同伴旅館(今のラブホテル) ≪2位≫トルコぶろ(今のソープランド) ≪3位≫そば屋 ≪4位≫小料理屋 ≪5位≫バー ≪6位≫書店 ≪7位≫キャバレー ≪8位≫食堂 ≪9位≫普通旅館(駅前旅館) ≪10位≫不動産仲介  

となっています。 

 

21世紀の現在と違って、町の自営業者や中小企業の経営者が中産階級の中核を形成していた時代でした。 

30人以上の事業所を対象に調査した平均月額給与ですが、1969年の6万4300円から、1970年には7万5700円と約18%も増えています。

消費者物価も、対前年比で7.7%増加していて、経済が急速に成長していたのを数字で実感することができます。 

 

藤圭子さん以外が歌って1970年に流行した曲で、覚えている曲を書き出してみました。

渚ようこさんの「京都の恋」、ベンチャーズが作曲した曲です。

山本コータローとソルティーシュガーの「走れコータロー」、美濃部東京都知事の声真似で注目を浴びました。

左卜全とひまわりキテイーズの「老人と子供のポルカ」と皆川おさむ少年の歌う「黒猫のタンゴ」は、ほとんどの小学校の運動会で使われた曲です。

ビートルズの「レット・イット・ビー(Let It Be)」、ビートルズ最後のシングルレコードで、日本で発売されたビートルズのシングルレコードで最大の売上となったそうです。 

 

11月25日、小説家・劇作家で、戦後日本文学を代表する作家の一人である三島由紀夫さんが、自衛隊市ヶ谷駐屯地で、日本刀を使って割腹自殺したニュースが流れました。

わけもわからずに、ただ呆然とテレビの映像を眺めていた記憶が残っています。 

 

この年、トヨタ自動車から「セリカ」が発売されて、当時の若者たちのあこがれの自動車の一つになりました。価格は約57万円でした。

年末、12月31日、帝国劇場で行われた第12回レコード大賞は、菅原洋一さんの歌う『今日でお別れ』という曲でした。 

 

私はというと、地元の大学予備校に在籍していたのですが、講義に出席したのは夏頃までで、夏休みが終わってからは、ほとんど出席することもなく、年末ともなると、パチンコホールで過ごす時間が多くなっていました。

 

 

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2010年11月20日