エカワ珈琲店のブログ

和歌山市で営業している珈琲屋の雑話です

 
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コネクション経済=失業という言葉が無くなる経済

  

   

 

 

江戸時代の日本は家内制手工業の時代で、生産者(とその家族)は、生産に必要な財を直接所有していました。

仕事の中心は職人による手仕事で、熟練を必要とするのが一般的でした。

 

江戸幕府が倒れて、明治維新政府が登場しました。

欧米文明を積極的に取り入れる文明開化の時代となって、生産設備と作業をする人を工場に集中させることで生産性が向上して行きました。

 

下町ロケット (小学館文庫)

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 【※】池井戸潤さんの著作は、まだ一冊も読んだことがありません。でも、ドラマは食い入るようにして観ています。近々、購入して読んでみたいと考えています。

下町ロケット2 ガウディ計画

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そして、作業を分割して何人かで分業することで、さらに生産性が向上して行きました。

その後、日本でも本格的な産業革命が始まって、1950年代に入ると大量生産・大量宣伝・大量消費のマスの時代へと突入して行きました。

 

明治維新政府以前の家内制手工業の時代には、工場労働者が存在しなかったわけですから、一般的な「失業」という概念は存在していなかったわけです。

日本に、「失業」という概念が登場するのは、工場労働者が登場して本格的な産業革命が始まってからなのだとエカワ珈琲店は考えています。

 

21世紀に入って、最初の10年が経過して、産業革命以来続いてきた工業主義の時代が終わろうとしていて、今、何か新しい事が始まろうとしているのを、何となくですが感じることができます。

工業主義の時代に価値があった財が、新しい何かに取って代られつつあるのを、何となくですが感じることができます。

 

その新しい何かですが、家内制手工業の時代の仕事と似ていて、手作業である程度の熟練を必要とする「仕事」なのだと思うのですが、何世代も前の家内制手工業の時代と異なっているのは、ものすごく巨大なスケールを持っているということです。

現在は、誰でも熟練の仕事人になるチャンスを持っているわけですから。

 

工業主義の時代のキーワードは、「希少性」でした。

「不足」しているモノを、生産性を改善して大量に生産することで、その希少性を解消させるという文化が、工業主義時代の文化だったのだと思います。

 

これからの経済をけん引して行くのは、コネクション(つながり)なのだと考えています。

もうすでに、コネクション(つながり)経済の時代に足を踏み入れているのかもしれません。

そして、近い将来、このコネクション(つながり)経済が、経済の主流となって行くのだと思います。

 

インターネットの普及によって、私たちには豊富な選択肢が与えられています。

豊富なコネクションも構築できるようになっていて、豊富な知識にも簡単にアクセスすることができます。

 

インターネットが普及していない時代と比べれは、より多くの人と知り合いになることができて、より多くの知識にアクセスできるようになっています。

その結果として、私たちの能力を短時間で相当なレベルまで高めることも可能となっています。

これまでの時代と違って、知識・技能を求めている人たちは、短時間で相当なレベルの知識や技能を身につけることができます。

 

特別な知識、特別な技能が、少数の人の独占物ではなくなってきています。

数多くのその道の達人や、その道の名人が生まれてくる時代になりつつあるのだと思います。

 

このことが、2つの競争を作り出しているのだと思います。

「底辺への競争」と「頂上への競争」です。

底辺への競争」は、低価格、低賃金の競争です。

 

そして、もう一つの競争が「頂上への競争」です。

頂上への競争」では、できるだけ多くの情報を伝達することに集中する必要があります。

できるだけ多くの選択肢を提供するという情熱を持つ必要があります。

そして、独創的で創造性の高い注目に値する丁寧な仕事を、できるだけ数多く選択肢として提供する必要があるのだと思います。

 

コネクション(つながり)経済は、コネクション(つながり)が拡大することで、ますます勢いを増して行くのだと思います。情報が、より多くの情報を生み出して行くわけです。

その影響力は、その情報を創造して提供している人たち全員に及んでいきます。

コネクション(つながり)経済が拡大しているわけですから、誰もが簡単にコネクション(つながり)経済の恩恵を受けることも可能になっています。

 

誰かの才能や情熱に対して、他の誰かが影響力を行使することで、コネクション(つながり)によって作り出されるネットワークの影響力がますます強くなって行きます。

コネクション(つながり)経済は、従来型の雇用を作り出してくれません。

ですから、コネクション(つながり)経済では、「失業」という概念は存在しないのだと思います。

 

コネクション(つながり)経済では、私たちの誰もがコネクション(つながり)経済の世界に参加する機会を構築してくれますが、コネクション(つながり)経済に参加してからの成果は、自分自身の手で掴み取る必要があります。

誰もが自分の意思でコネクション(つながり)経済に参加できるわけですから、「失業」という概念が存在しないのも当たり前なのだと思います。

 

工業主義の時代の経済では、「希少性(不足)」が経済を動かす燃料のようなものでした。

しかし、コネクション(つながり)経済では、希少性(不足)はネットワーク内での価値を減少させる敵対者です。

たとえば電話ですが、多くの人が電話ネットワークでつながることで、その価値が増大して来たわけです。

コネクション(つながり)経済は、その規模が拡大すればするほど、その価値も大きくなって行きます。

 

友達が、わたしたちに、より多くの友達を連れて来てくれます。

評判は、私たちに、より良い評判を築くチャンスをもたらしてくれます。

情報にアクセスすることによって、私たちに、さらにより多くの情報を探し出す機会を作り出してくれます。

 

私たちの生活の場では、掛け算のように情報が拡大して行きます。

そして、その情報の価値を増加させて行きます。

一方、消費財・生産財は、時間が経過すれば経過するほど、その価値は減少して行きます。

 

コネクション(つながり)経済で成功している会社は、生産機械の標準化、生産手順の標準化、生産時間の標準化、生産量のノルマなどなど、生産供給の過程に標準化の概念を持ち込んではいません。 

それとは反対の概念でビジネスを営んでいるので、成功することができたのだと思います。

 

エカワ珈琲店に残されている時間は、若い人たちの何分の一かの時間しかありません。

コネクション(つながり)経済が当たり前の時代がやって来て、「失業」という言葉が無くなる日を待っているだけの時間がありません。

ということで、エカワ珈琲店は、私たち夫婦のヒューマニティーをお客さんに感じてもらえる商売に徹していこうかと考えています。

 

考えてみれば、1960年代・1970年代の日本の商店街では、何々商店に買い物に行くのではなくて、誰々さんの店に買い物に行くお客さんで混雑していたわけですから、私たち夫婦の若かった頃の商店街の商売を真似すれば良いだけのことかもしれません。

 

sethgodin.typepad.com

 

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