エカワ珈琲店のブログ

和歌山市で営業している珈琲屋の雑話です

 
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コネクション経済で生きて行く

【クローズアップ】 

 

コーヒー豆自家焙煎店経営

 

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20世紀の工業社会を繁栄に導いたコモディティー経済で中産階級を構成する勤労者の仕事は、コンピューターに奪われて縮小を続けています。

一方、コンピューターとコンピューターがネットワークでつながるコネクション経済では、目の前に未開拓の広大な原野が広がっているのだと思います。

 

(和歌山地方裁判所。記事とは無関係の写真です。) 

 

日本の高度経済成長期、中産階級はまだ少数で、それを構成していたのは、町工場の社長さんや商店の経営者でした。40年~50年前のことです。

続いて中産階級を構成したのが、ある程度の従業員数を擁する工場やオフィス、それに官公庁で働く勤労者(サラリーマンやサラリーウーマン)です。

 

2000年頃までの中産階級を構成する勤労者の仕事と言えば、工場やオフィスで1日一生懸命に働くと、新婚旅行や記念旅行は海外へが当たり前で、マイカー所有も当たり前、勤続10年を越えればマイホームも当たり前、子供の塾通いや大学進学も当たり前という安定した消費生活を構築してくれる仕事でした。

 

2000年前後から、中産階級を構成する勤労者たちの仕事に大きな変化が起こってきました。

日本だけの現象では無くて、先進国と呼ばれている全ての国々で発生している現象なのだと思います。

かつて当たり前に存在していた中産階級を構成する勤労者の仕事が、徐々に減少を始めました。

 

中産階級を構成する勤労者たちが、かつて当たり前に従事していた仕事は、21世紀の現在、コンピューターに奪われて消滅しようとしています。

勤労者の仕事だけではなくて、同じように中産階級を構成している専門職の仕事も減少を続けています。

ちなみに、日本の高度経済成長期に中産階級の主要な部分を構成していた町工場の社長さんや商店街の商店経営者さんの仕事は、21世紀に入る前に壊滅状態になってしまいました。

 

20世紀の100年間は、大規模工場の製造ラインに象徴される標準化(マニュアル化)の時代(工業時代)だったと考えています。

熟練の職人でなくても、公立学校で教育を受けた勤労者なら誰でも、大規模工場の製造ラインの一部分を担当する能力を身につけていました。

 

大量生産が可能になって、その結果として、大量販売・大量消費が始まったのだと思います。

大量生産・大量消費の工業社会が始まったので、中産階級を構成する大量の勤労者が誕生したのだと思います。

 

大量生産・大量消費の経済を支えたのが、公立学校・私立学校などの教育機関です。

工業社会に適合する人材を養成して、高等教育を受けた人材を大規模工場や大規模オフィスに供給しました。

 

多数の高等教育を受けた人材の供給は、大規模工場や大規模オフィスの生産性向上を意味しています。

多額の資金を投入して従業員を教育訓練する必要も、高額の賃金を保証して高等教育を受けた人材を確保する必要も無くなって、雇用する側に有利な条件で、学歴だけを基準に人材を確保すればよかったわけです。

 

公的な教育機関が充実整備されて、高等教育を受けた人材が大量に供給されるようになったので、工業社会は拡大を続けることができて、コモディティー経済の成長が続いたので、高等教育を受けた人材に対する需要も増え続けました。

その結果、高等教育を受けた人材が受け取る賃金も上昇して行き、中産階級の所得も増えて行きました。

そのサイクルが、中産階級が消費の主役となるマスマーケティングを開花させたのだと解釈しています。

 

20世紀の終盤頃から、コンピューターが、中産階級を構成する勤労者の仕事を奪い始めました。

生産性を上昇させることが経営者の重要な資質だと言われるようになって、経営者たちがコストカット競争を繰り広げる過程で、コンピューターが、中産階級を構成する勤労者の仕事を奪って行きました。

 

大量生産・大量消費のコモディティー経済が持つ冷酷な論理が、経営者たちを生産性の改善へと走らせたのだと思います。

コンピューターを活用することで、コモディティー経済の最大のコスト要因である人件費を節約することができました。

 

大量生産・大量消費のコモディティー経済を、より安く、より速くという「底辺の競争」に向かわせたのも、それを増幅させたのもコンピューターだと考えています。

しかし、コンピューターの発達によって、コンピューターが収集した情報とコピューターネットワークを接続することで、その情報から新しい価値が創造できるようになりました。

 

コネクション経済では、如何に多くのコンピューターとつながっているかが、価値の源泉なのだと思います。

配車サービスのウーバーは、コンピューターのネットワークとつながっているということで、街を流しているタクシーよりも有利な条件で仕事をしています。

 

コンピューターとネットワークの発達は、コモディティー経済(工業社会)の仕事に3つの大きな変化をもたらした可能性があります。

 

(1)事業者が、最も有利な条件の取引先を、膨大な情報の中から比較的簡単に選択できるようになりました。

(2)CNNマシーンや表計算ソフトのトレーニングを受ければ、その仕事での経験が少なくても、熟練者並みの仕事をこなせる時代になっています。

(3)コンピューターとネットワークを活用することで、多くの時間と費用を費やしていた仕事を合理化できるようになって、仕事のスピードも速くなりました。その結果として、生産性がものすごく向上しました。

 

125年前に登場したシンガー社の家庭用ミシンは、相当に複雑な構造を持つ消費者製品でした。

販売するミシンの組み立ては、手作業で微調整を繰り返しながらの作業を必要とするので、専門技能を持つ職人でなければ組み立てが不可能でした。

故障した部品の取り換えも、手作業で微調整しながら取り換える必要があるので、専門技能を持つ職人でなければ修理が不可能でした。

ですから、ミシンの組み立てや修理を専門とする仕事が存在していたのだと思います。

 

21世紀の現在は、規格化された部品を組み立てる時代で、規格化されている部品と組み立てマニュアルがあれば、そして、ほんの少しだけの知識があれば、組み立ても修理も可能です。

そして、規格化された部品は、コンピューター(ロボット)が製造しています。

コンピューターネットワークを利用すれば、 数ある規格化された部品の供給者の中から、一番有利な条件の供給者を選択することができます。

 

今日、これまで中産階級を構成する勤労者がしていた仕事のほとんどをコンピューターがするようになっていて、そこではコンピューターの世話をする働き手が、少人数必要なだけです。 

マニュアル化が難しい仕事、独創的な仕事など、コンピューターで代行するのが困難な仕事については、人手による仕事が中心となっています。

現在(2016年)の中産階級の仕事は、コンピューターを使う仕事か、コンピューターに使われる仕事かのどちらかになっています。

 

効率よく仕事するためにコンピューターを活用するのか、新しい価値を創造するのにコンピューターやコンピューターのネットワークを活用するのかで、仕事の性質も変わってくるのだと思います。

大きな会社であっても、中小規模の会社であっても、フリーランス(法律家や地域自営業者etc)であっても、それは同じ事なのだと思います。

 

コンピューターネットワークの発達によって注目されるようになったのが、コネクション経済です。

コンピューターネットワークとつながることで、価値や仕事を創造するのがコネクション経済なのだと思います。

 

大量生産・大量消費のコモディティー経済の象徴が、「底辺への競争」だと考えています。

「底辺の競争」で政府・行政に求められる仕事は、標準的な基準を作成して制限(規制)を設けて、その標準的な基準を守ることです。

そして、市民にトレーニングを施して、大量生産・大量消費の工業社会に適応できる人材を作り出すのが政府・行政の重要な仕事となっています。

 

大量生産・大量消費のコモディティー経済は、「大きいことは良いことだ」の規模の経済が闊歩している経済です。

しかし、コネクション経済は、コンピューターネットワークに参加することで価値を創造する経済ですから、規模の大小には無頓着な経済です。

 

「一緒に働いている人々や組織は、独りで働いているよりも、より生産力が高くなる」というパレート最適の考え方は、コモディティー経済でも、コネクション経済でも、同じように有効なのだと思います。

コネクション経済は、コンピューターネットワークを通じて誰かとつながることで、生産力が高くなる経済なのだと思います。

 

20世紀の工業時代に中産階級を構成していた勤労者の仕事ですが、もう二度と元のカタチに戻ることは無いはずです。

町の商店街が昔と同じカタチで復活することは無いだろうし、コンピューター(orロボット)に奪われた仕事を再び勤労者の手に取り戻せるとは思えません。

 

コンピューターとコンピューターネットワークの発達は、経済を変えて行くのだと思います。

若い人たちの中には、この経済の変化にすでに適応している人たちもいます。

新卒フリーランスや新卒起業が流行っていて、若い人たちの周辺から失業という言葉が消滅しつつあります

 

しかし、中高年世代や60歳以上のリタイヤ世代が、経済の変化に適応するのは大変な困難を伴います。

コネクション経済は始まったばかりですから、まだ見ぬ巨万の富が眠っている可能性があります。

 

コンピューターやコンピューターネットワークに詳しい人たちだけが、その巨万の富を独占すれば、社会に劇的な不平等が発生してしまいます。

その不平等を発生させないように工夫(セーフティーネットを構築)するのが、これからの政府・行政の仕事なのだと思います。

 

コンピューターとコンピューターネットワークの発達は、工業社会に適応する人材を作り出す教育が役に立たない状況を作り出しています。

でも、半世紀前と現在(2016年)を比べて見ても、学校教育が変化しているとは思えません。

そして、学校教育を変化させようとする努力をしているようにも見えません。 

 

政府も行政も、学生に資金を提供する親も、奨学金を貸し付ける団体も、学校教育の中身を見ようともせずに、偏差値や有名大学への進学だけに注意を払ってきたのだと思います。

公立学校や私立学校の教育は、できるだけより良い条件で誰かに雇用されることに集約されていて、フリーランスや自営業の仕事をするための教育、起業するための教育は受けていないのだと思います。

 

既存の組織の中で働くのは得意だけれども、自分の責任でビジネス(商売)を営むのは不得手なのが、工業社会に適応するための教育を受けた勤労者なのかもしれません。

21世紀の現在、文化は劇的な転換点にあるのだと思います。そして、これから始まる新しい文化は、現役世代(現役で働く)の中高年やすでにリタイアした60歳以上の年金世代にとっては、好もしい文化では無いのかもしれません。

 

若い世代の受ける教育でも、コモディティー経済(工業社会)に適応するための教育から抜け出せていないわけですから、学校教育を修了してから年数の経過している中高年や60歳以上のリタイア世代は、コモディティー経済(工業社会)に適応するための教育が身体の中に浸み込んでいて当たり前です。

 

これから始まる新しい文化で、コネクション経済に参加するのが若い世代だけというのでは、コネクション経済の規模拡大スピードが緩慢になってしまいます。

コネクション経済の規模拡大スピードを速くするには、現役世代の中高年や60歳以上のリタイア世代の参加が不可欠なのだと思います。

ということで、現役世代の中高年や60歳以上のリタイア世代がコネクション経済に参加するのを支援する役割も、政府・行政の重要な仕事なのだと思います。

 

コンピューター(orロボット)に奪われた仕事は、もう二度と勤労者の手には戻ることは無いと思います。

でも、コモディティー経済の 仕事は少なくなって行くのだとしても、コネクション経済の仕事は増加して行くはずです。

 

その新しい仕事の面影は定かではありませんが、素早く新しい仕事を見つけることができれば、それは、生涯における大きなチャンスなのだと思います。

コモディティー経済からコネクション経済に全面的にシフトする必要は無いと思いますが、完全にコネクション経済を無視してしまうと、下方スパイラルの渦の中に飲み込まれてしまう可能性が高いと考えています。

ということで、現在進行中の文化の劇的な転換を、エカワ珈琲店は一つの機会(チャンス)だと考えることにしています。

 

(注)「コネクション経済で生きていく」は、Seth's Blog: The computer, the network and the economy の記事を、インターネットの翻訳機能を利用してエカワ珈琲店流に勝手な解釈をして、その勝手な解釈の内容を参考にして、エカワ珈琲店の独断と偏見に基づく記事を作成しています。

 

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