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純喫茶コロナ物語

【クローズアップ】 

 

コーヒー豆自家焙煎店経営

 

コールドブリュー(水出し)コーヒーに関係する幾つかの記事

   

 

 

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約15500字の物語ですが、有料記事をPRするために一部分を掲載しています。

記事全文は、note にて『純喫茶コロナ』の記事を購入して頂ければ、ご覧になって頂けます。

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エカワ珈琲店の始まりは、昭和30年(1955年)の秋、和歌山市雑賀屋町25番地(区画整理後は39番地)で創業した純喫茶コロナです。

昭和62年(1987年)の春、コーヒー豆の小売店に衣替えするまで、31年と半年の間、喫茶店商売を営んできました。

 

日本国が経済成長を続けていた昭和の時代、喫茶店商売は、比較的簡単に始めることができて、相当に高い確率でそれなりの繁盛を手に入れることのできる商売でした。

昭和の時代、母子家庭である江川家の少し優雅な生活を支えてくれたのが「純喫茶コロナ」です。

ということで、「純喫茶コロナ」の盛衰を記録に残して置きます。

 

1955年(昭和30年)秋

エカワ珈琲店の前身、『純喫茶コロナ』が開店しました。

自宅の一部を改装して、離婚して2人の子供と暮らしている30歳のシングルマザーが始めた喫茶店、それが、純喫茶コロナです。

 

純喫茶コロナ誕生物語

シングルマザーは、離婚して子供2人を連れて実家に出戻っていたのですが、世間体を気にした実家の両親は、和歌山市内に土地を購入して家を新築してくれました。

しかし、生活費は自分で稼がなければなりません。

暮らして行けるだけのお金を稼げて、子供たちの面倒も見ることのできる仕事ということで、自宅の一部を改装しての喫茶店経営を思いつきました。

 

昭和30年の時代背景

昭和30年の国家公務員の初任給は八千数百円、テレビの価格は八万数千円、コーヒー1杯の値段は30円から40円くらいで、住宅難の時代でした。

貧富の格差が大きくて、大多数の住民が貧乏でしたが、物不足の時代でしたから、人の集まる便利な場所で店舗を構える資金を用意できれば、比較的簡単にお金儲けができました。

 

1956年(昭和31年)~1958年(昭和33年)

日本の経済が、これから急成長しようとしていた時期で、和歌山市内では、喫茶店の数が多すぎて飽和状態だろうという声もありましたが、時流にマッチしていた喫茶店は、「飽和状態」という声とはうらはらに、新規に開店すれば、どの店もそれなりに繁盛するという状況が続いていました。

 

その頃の純喫茶コロナ

毎月・毎月、売り上げと収入を増やし続けていて、丁度、ブームの時の、スターバックスのような繁盛ぶりでした。

純喫茶コロナの女性店主とその家族、特に女性店主は、地獄から天国に来たようなものでした。

 

1960年(昭和35年)~1964年(昭和39年)

日本全体が、東京オリンピックに向かって突き進んでいて、毎年・毎年、国全体が豊かになっていった時期です。

和歌山市内の喫茶店数は飽和状態どころか、店数が毎年増え続けて、どの喫茶店も皆繁盛していました。

もちろん、純喫茶コロナも、相変わらず繁盛していました。

この時期になると、純喫茶コロナ開業当時のような小資本で、新たに喫茶店を開業できるような状況では無くなっていましたが、十分に資金を投下した喫茶店なら、数ヶ月もあれば、その資金を回収することができました。

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1965年(昭和40年)から1969年(昭和44年)

喫茶店が水商売だった時代がほぼ終了して、ぼろ儲けのできない商売になって行きました。

1960年代中頃までの小売・サービス業は、見方によっては、どれもこれも水商売的経営で成り立っていたわけですが、1960年代終盤になると、水商売的経営では儲けられない時代になっていました。

 

1970年(昭和45年)から1975年(昭和50年)

喫茶店経営者向けの月刊雑誌『喫茶店経営』が柴田書店から発行されて、光文社のカッパブックスから出版された、喫茶店経営の指南書がベストセラーになっていた時代です。

喫茶店数は増え続けて、競合が厳しくなって、新規開店の店のほとんどが、ナポリタンなどの軽食メニューを提供していました。

 

1970年代前半の純喫茶コロナ

この時に、無理をして店舗を建て直した純喫茶コロナは、売上の減少・低迷もあって、借金の重圧に耐えきれず、衰退の道を歩み始めていました。

 

1976年(昭和51年)~1980年(昭和55年)

『コーヒー専門店』という、サイフォンで淹れるコーヒーを売り物にする喫茶店が大量に新規出店している時期で、喫茶店業界の超成熟期でした。

しかし、純喫茶コロナには、悪夢の時代の始まりでした。

純喫茶コロナは、時代の流れに乗れなかっただけでなくて、ついて行くこともできなかったわけです。

 

1981年(昭和56年)~1987年(昭和62年)

純喫茶コロナには最悪の時代で、完全に、店舗周辺のお客さんにソッポを向かれていました。赤字の補てんと借金を返済するのに、新たな借金をしなければならなかったわけですから。

 

『純喫茶コロナ』のその後

1988年(昭和63年)、喫茶店の経営に見切りをつけて、心機一転、今度は投資用に新たな借金をして、焙煎コーヒー豆小売専門店に衣替えしました。

それが順調に推移して、翌年1989年の夏(8月)には全自動コーヒー豆焙煎機を導入してコーヒー豆の自家焙煎を開始しました。

 

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