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10年の後

【クローズアップ】 

 

コーヒー豆自家焙煎店経営

 

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平成18年(2006年)、エカワ珈琲店の店主が55歳だった頃、エカワ珈琲店の10年の後を想像したことがあります。

贈る言葉(新潮文庫)

贈る言葉(新潮文庫)

 

 昭和39年(1964年)、「されど我らが日々」で芥川賞を授賞した柴田翔さんの作品で、「贈る言葉」と「10年の後」の2作品が収録されています。何故か「青春」を感じさせる作品です。

 

和歌山県の県民1人あたりの年間所得、平成8年は約260万円で、平成16年は約250万円ということです。

エカワ珈琲店の家族数は、夫婦二人だけですから、平成8年で520万円、平成16年で500万円の所得があれば平均的な和歌山県の家庭ということになります。

 

平成8年(1996年)は、家庭の事情もあって和歌山県の平均に遠く及ばず、平成16年(2004年)も、急激な売上減少に見舞われていて、平均的レベルよりも相当に低い数値だったことは確かです。

平成18年(2006年)、急激な売上減少は終了していたのですが、ゆるやかな売上減少が続いていて、「路頭に迷う」寸前の状態で何とか踏ん張っているという有様でした。

 

その平成18年(2006年)、65歳に到達する「10年の後」のことを想像してみたわけです。

これ以上、下降線をたどれば商売が成り立たなくなってしまうという状況だったのですが、10年後の65歳になっても、コーヒー豆自家焙煎商売を続けているという前提は崩れていません。

 

事業規模は、零細生業パパママ店の家族営業のままで、夫婦2人が食べて行ければという商売を続けているだろうと想像していました。

平成8年(2006年)当時、ゆるやかな売上減少が続いていたのですが、毎月の借金返済額が減少していて、インターネットを利用する通信販売の売上が、徐々にですが増えていたので、「商売が成り立たなくなる」とは考え無かったわけです。

 

平成18年(2006年)当時、コーヒー豆自家焙煎商売を開始して10数年の年月が経過していました。

その間、ただ漠然と過ごしてきたわけでなくて、「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤・研究・勉強をしながら、商売を続けてきたわけです。

その経験と技術、それに、産業革命以来の革命的変化をもたらすというインターネット技術の普及、これらを利用することで、何とか商売を続けることができているはずでだと考えていました。

 

現在(2017年)も状況はそれほど変化していませんが、当時の自営業者は、昭和の時代の自営業者と比べると、ものすごく惨めな状態だったわけです。

しかし、もしかしたら、「10年の後」には、独立自営の個人事業主(自営業者)にも、陽のあたる時代が待っているかもしれないと考えていました。

 

そして10年が経過して2017年の現在、零細生業パパママ店であるエカワ珈琲店にも、少しだけ陽がさし始めています。

この10年間の最大の収穫は、年齢的に遅かったかもしれませんが、スキル(経験)を積み重ねて技術の向上に努めて、コツコツと正直な商売を続けることの重要性を思い知ったことです。