江川珈琲店のブログ

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簡単なコーヒー伝播史(2)、コーヒーがヨーロッパにやって来た

 

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簡単なコーヒー伝播史(2)、コーヒーがヨーロッパにやって来た

17世紀になると、イスラム教徒の飲み物であるコーヒーが、ローマ法王の洗礼を受けてヨーロッパのキリスト教徒の間にも広がって行きます。ヨーロッパに伝わった当初は、コーヒーが持っている薬としての効果が受け入れられて、万能薬として販売されていたようです。

当時、アラビア半島のモカ港から積み出されたコーヒー豆を使って焙煎していて、器具や飲み方もトルコ式のコーヒーそのままだったと伝えられています。

 

コーヒーがヨーロッパにやって来た
回教圏で人気の飲み物コーヒーの情報をヨーロッパに伝えたのは、回教圏を旅したヨーロッパ人たちです。最初にコーヒーをヨーロッパに持ち込んだのはヴェネチアの商人で、1615年のことだと伝えられています。

コーヒーがヨーロッパにやって来た頃、キリスト教の牧師たちから、コーヒーは異教徒(イスラム教徒)の飲み物だという非難が広がります。時の法王クレメンス8世は、コーヒーを美味しい飲み物と感じていたので、コーヒーに洗礼を施してキリスト教徒の飲み物にしてしまったという「コーヒー洗礼」の話は広く知られています。

 

ロンドンのコーヒーハウス
洗礼を受けてキリスト教徒の飲み物となったコーヒーは、ヨーロッパの主要都市で広がって行きます。

1652年、ロンドンの一隅で一軒のコーヒーハウスが誕生します。この最初のコーヒーハウスに関しては、色々と軋轢があったようですが、兎にも角にも、ロンドンのコーヒーハウスは増え続けて、1683年には3000軒、1714年には8000軒に達したと伝えられています。

コーヒーハウスは、ヨーロッパの国々の主要都市で一種の公共の場としての役割を担っていたのだと思います。例えば、ロンドンのコーヒーハウスで1ペニーを支払ってコーヒーを注文すれば、政治上のニュースを聞いて様々な出来事について話し合うことができたわけです。

 

ペニー大学とロイズ保険取引所(保険市場)
ロンドンのコーヒーハウスですが、1ペニー支払えば、大学のように色々な知識を吸収できるということで、ペニー大学とも呼ばれていました。

数多くのコーヒーハウスが林立していたロンドンでは、立地に違いで、商人の集まる店、芸術家の集まる店、仲買人の集まる店、船乗りの集まる店と、それぞれの店がそれぞれの同好のお客さんを集めるようになって行きます。

例えば、ロイズは、最初は船乗りや商人が休息に訪れるコーヒーハウスでしたが、船舶情報をすばやく把握できることで有名になって、世界的な保険取引所へと発展して行きました。

 

簡単なコーヒー伝播史(1) コーヒーの発見伝説とコーヒー飲用の始まり

簡単なコーヒー伝播史(2) コーヒーがヨーロッパにやって来た

簡単なコーヒー伝播史(3) コーヒーの北米大陸への伝来

簡単なコーヒー伝播史(4) コーヒーノキの移植時代

簡単なコーヒー伝播史(5) 日本コーヒー伝播史