江川珈琲店のブログ

「エカワ」は音声検索で表示され難いようなので、またまた、「江川珈琲店のブログ」にブログタイトル名を変更しました。

 
Yahoo!ショッピング  ロハコ  アマゾン  楽天市場   ノート(有料記事)  エカワ珈琲店  
 

簡単なコーヒー伝播史(3)、コーヒーの北米大陸への伝来

 

エカワ珈琲店の珈琲情報館」は、珈琲の基礎知識とエカワ珈琲店を紹介してているサイトです。ホームページ作成ソフト【Jimdo】 で作っています。

エカワ珈琲店の焙煎コーヒー豆は、【おちゃのこネット】 を利用して作成した手づくりサイト「エカワ珈琲店ショッピングサイト」を通じて購入して頂けます。 

 

f:id:ekawa:20180731221025p:plain

簡単なコーヒー伝播史(3)、コーヒーの北米大陸への伝来

1607年、北米大陸にヴァージニア植民地を建設したジョン・スミスは、若い頃、トルコに旅して、すでにコーヒーに馴染んでいたようです。

1600年代の半ば頃、当時、オランダの統治下にあったニューヨークでは、コーヒーが市場に出回っていて、アラビア半島のモカから定期的にコーヒーを輸入するルートも存在していたと伝えられています。

 

1600年代(17世紀)の後半、イギリス統治となったニューヨークでは、コーヒー豆を焙煎粉砕して抽出したコーヒーに、砂糖やハチミツやシナモンを添加して飲んでいたと記録されています。

 

北米大陸のコーヒーハウス
ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアとアメリカ各地にコーヒーハウスが建てられて行きました。アメリカ合衆国におけるコーヒーの歴史物語ですが、初期(植民地時代)の頃は、これらコーヒーハウスの物語が大半を占めています。

初期(植民地時代)の頃のコーヒーハウスは、公共の場として社会に大きな影響を与えていて、コーヒーハウスの前で奴隷売買が行われていたという話も伝えられています。

その後、アメリカのコーヒーハウスは、居酒屋的な店へと変化して行きました。

 

ボストン茶会事件
 1973年、アメリカ独立戦争の前哨戦となる「ボストン茶会事件」が起こります。当時のアメリカ植民地の人たちは紅茶を愛飲していましたが、紅茶の輸入には税金がかけられていました。

この課税に反対するアメリカ植民地の人たちの運動が契機となって、ボストンの人たちが港に停泊していたイギリス船を襲って茶箱を海に投げ捨てる事件が発生します。

この事件を契機として、アメリカでは、お茶よりもコーヒーが飲まれるようになって行ったと言われています。

 

簡単なコーヒー伝播史(1) コーヒーの発見伝説とコーヒー飲用の始まり

簡単なコーヒー伝播史(2) コーヒーがヨーロッパにやって来た

簡単なコーヒー伝播史(3) コーヒーの北米大陸への伝来

簡単なコーヒー伝播史(4) コーヒーノキの移植時代

簡単なコーヒー伝播史(5) 日本コーヒー伝播史