江川珈琲店のブログ

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簡単なコーヒー伝播史(4)、コーヒーノキの移植時代

 

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簡単なコーヒー伝播史(4)、コーヒーノキの移植時代

1600年代の初めころ(17世紀初頭)、インドの回教僧がメッカに巡礼した時、7個のコーヒー種子を密かに持ち帰って、マイソールで移植に成功したという伝説があります。

当時、コーヒー栽培の中心はイエメンで、人気の輸出商品であるコーヒーの栽培を独占しようと、苗木や種子の持ち出しは禁じられていました。一方、コーヒー消費量が増えていたヨーロッパ諸国は、コーヒーノキを自国の勢力範囲内で栽培したいと考えていました。

 

オランダ
17世紀初頭、インドの回教僧ババ・ボーデンがメッカから持ち帰ったコーヒー種子の移植が成功して、17世紀(1600年代)も終わりころになると、インドのマラバールやセイロン島(スリランカ)で、オランダ人による小規模なコーヒーノキの栽培が始まっていました。

インドでのコーヒーノキの栽培については上手く行かなかったようですが、1700年頃になって、インドネシアのジャワ島に移植したコーヒーノキの栽培が成功して、18世紀の初頭、コーヒー貿易におけるオランダの影響力が大きくなって行きました。

 

コーヒーノキがヨーロッパへやって来る
1706年、ジャワ島から、コーヒーノキがアムステルダムの植物園に送られて来ます。そして、植物園で見事に育ちます。

1713年、ユトレヒト条約締結のお祝いに、翌年(1714年)、アムステルダム市長からフランスのルイ14世に、植物園でできたコーヒーノキの若木が献上されます。そして、フランスの王室植物園は、この苗木の繁殖に成功します。

フランスは、コーヒーノキを自国の植民地に移植させようとします。西インド諸島への移植はなかなか成功しなかったわけですが、アフリカのブルボン島(現在のレユニオン島)への移植には成功しています。ブルボン島のコーヒーノキは、その後、ブラジルに移植されて「ブルボン・サントス」となります。

 

ガブリエル・ド・クリュー
1723年、自分に配給される飲料水をコーヒーノキの苗木に与えるなど、苦しい航海を続けた後、コーヒーノキのマルチニック島移植に成功したのが、フランスの海軍将校カブリエル・ド・クリューです。

このド・クリューのコーヒー冒険物語では、帰国していたド・クリューが、たまたまコーヒーのことを知ってマルチニック島移植を思いつきますが、植物園は苗木を譲ってくれません。そこで、植物園長と知り合いの貴婦人と親しくなって、その貴婦人の口添えで苗木を手に入れたというエピソードが広く知られています。

 

簡単なコーヒー伝播史(1) コーヒーの発見伝説とコーヒー飲用の始まり

簡単なコーヒー伝播史(2) コーヒーがヨーロッパにやって来た

簡単なコーヒー伝播史(3) コーヒーの北米大陸への伝来

簡単なコーヒー伝播史(4) コーヒーノキの移植時代

簡単なコーヒー伝播史(5) 日本コーヒー伝播史