江川珈琲店のブログ

「エカワ」は音声検索で表示され難いようなので、またまた、「江川珈琲店のブログ」にブログタイトル名を変更しました。

フリーランス(自営業)歴30年のおじさんが語る、フリーランスの光と影

東宝映画の影響を受けていた学生時代、サラリーマンは気楽な稼業だと思っていたのですが、実際にサラリーマン生活を体験してみると、全然気楽な稼業で無かったわけです。そのようなわけで、40歳を目前に脱サラを決行、14年間のサラリーマン生活と決別しました。

公務員から、自家焙煎コーヒー豆小売専門店の店主に転身したわけです。

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上司・同僚に気を遣わずに気楽に働いてお金を稼ぎたいと考えて脱サラ、フリーランス(自営業)を選択したのですが、上司・同僚など周囲に気を遣わず仕事をするということは、お金を稼げないということを意味していました。

2018年の現在、夫婦2人だけで営む零細生業ビジネスを何とか続けられていますが、相も変わらずお金に不自由する生活(ものすごく不自由した頃とくらべれば、大夫状況が改善していますが・・・)を続けています。

 

個人の起業(参考or関連記事1)には、2種類の起業の形があるのだと思います。生業としての起業と、事業としての起業です。

勤めていた職場で居場所が無くなってしまったので、自営業者になって何かを始めたいということで、母親が細々と営んでいた珈琲屋の仕事を受け継いだのがエカワ珈琲店の始まりで、食べて行くための起業ですから、エカワ珈琲店の起業は生業型の起業です。

 

生業型の起業は、生計手段確立型の起業ですから、一般的には、収入がそれほど多くありません。

所得がものすごく低い可能性も、まあまあの所得を確保できる可能性もあるわけですが、働く者の都合に合わせて、働き方を決めることができるので、収入が安定していれば気楽な生活を楽しむことができます。

事業型の起業、ようするに事業機会活用型の起業は、上手く運べば高収入を期待できるわけですが、大きな損失が待っている可能性もあるわけで、大きなリスクを伴います。それに、事業での成功が目的ですから、気楽な商売というわけにもいきません。

 

ふた昔前(2000年前後)までは、自営業者の起業に1000万円以上の初期投資が必要でしたから、起業すれば簡単に廃業することができなかったわけです。

でも、2010年頃からは、相当に事情が変わって来ているようです。

時代が変ってしまって、新規開業資金をそれほど用意しなくても、簡単に起業できるようになって来ています。

最初、アルバイト的に起業することも可能です。また、人を雇用しなくても、相当程度の商売を営める環境が整っているので、人を雇用するというリスクを背負う必要もありません。

   

損益分岐点となる売上が少なくても経営が成り立つ環境が整っているので、生産性の高い商売ができる環境が整っているのだと思います。

そして、小資本で簡単に起業できれば、一人の人が、雇用者と自営業者の間を、何回も行ったり来たりすることも、政治・行政サイドでちょっとだけ工夫してくれれば可能となる環境も整っているような気がしています。

自分の能力を発揮できる就職先、条件の良い就職先がなければ、それらを見つけるまでの間、フリーランス(自営業者/自己雇用者)として働くことも可能な環境が出来上がる一歩手前のところまで来ているような気もしています。

 

問題なのは、零細生業のフリーランス(自営業者/自己雇用者)であっても、公的には、労働者ではなくて経営者とみなされていることです。そのため、賃金雇用者と比較して、社会制度的に様々な不利益が存在しています。

その不利益を解消しようとする自己防衛反応から、合名会社制度ができるまでは、月商100万円足らずの自営業者が有限会社や株式会社の名刺を持っていたりしました。

そうすると、馬鹿げた話なのですが、ものすごく生産性が悪くなるわけです。

 

発展途上の低所得の国では、勤務先が不足しているわけですから、生活資金を稼ぐために起業する自己雇用者が多くなります。

昭和20年代、30年代前半の日本が、そうでした。商品を並べておきさえすれば、飛ぶように売れた時代です。

経済が発展して規模の経済の時代となると、労働力が不足していて賃金も上昇しているので、生活資金を稼ぐために起業する人はごく僅かになってしまって、ほとんどの人が雇われることを選択するようになります。1960年以降の日本が、そうでした。

 

経済が成熟して所得水準も上昇すると、規模の経済の時代が終了します。

働く人の高い能力や高度な技術を活用できる環境が整っているので、ベンチャー起業などの事業機会活用型の起業が増加します。また、企業の生産性が向上するので、賃金労働者の雇用が減少します。

 

2010年頃の日本ですが、製造業の生産性が極端に向上した結果、条件の良い雇用先が減少してしまって、報酬格差が拡大する傾向を示していました。

アメリカでは起業が活発で、自営業者の数は増加傾向(参考or関連記事2)にあるそうです。規模の経済の力が相対的に弱くなったことと、自営業向き商売の事業可能範囲が拡大したのが、その理由だと考えられているようです。

 

企業の技術水準は人的資本に依存しているわけで、人的資本の蓄積なくして企業の存続は不可能なはずなのに、新卒者の半分以上が条件の良い就職先を見つけられないのが2000年代~2010年代前半頃の日本でした。

生産性の高い企業(条件の良い雇用)から、生産性の悪い企業(条件の悪い雇用)へと、雇用が移動していました。

2010年代の半ば以降、日本社会の年齢構造が変化して、労働力不足の時代が到来しています。

 

また、技術・環境が変化したことで、低資本でも起業が可能な状況になっているので、社会システム的な不利益を考慮しなければ、ほとんどの人が自営業の自己雇用者として働くことが可能になっています。

賃金労働者として働かなくても、収入が不安定で少なくなるかもしれませんが、フリーランスという選択肢もあるので、今後、条件の悪い雇用を避ける人が多くなって行くと予想できます。

 

働く人には、賃金労働者とフリーランス(自営業者/自己雇用者)と経営者の3種類あるのだと思います。でも、日本の社会システムは、フリーランス(自営業者/自己雇用者)を経営者に分類しています。

 

「商品を並べて置きさえすれば、飛ぶように商品が売れた時代」、その時代のフリーランス(自営業者)は賃金労働者よりも何倍か経済的に恵まれている人が多数存在していました。

現在(2018年)はというと、反対になっていて、賃金労働者の方がフリーランス(自営業者/自己雇用者)よりも経済的に恵まれています。

自営業者(自己雇用者)という言葉から貧乏を連想するのが、今の日本です。

 

政治・行政サイドのフリーランス(自営業者/自己雇用者)への対応ですが、「商品を並べて置きさえすれば、商品が飛ぶように売れた時代」のまま、ほとんど変化していないか、その頃よりも悪くなっています。

フリーランス(自営業者/自己雇用者)とは、自分で自分に雇用されている労働者なのだと、政治・行政サイドにちょっとだけ認識を変えてもらうことができれば、フリーランスを選択する人が、もっともっと増えて行くだろうと考えています。

そして、フリーランスが増加すれば、日本経済も再び成長を開始する(参考or関連記事3)ような気がするのですが・・・。

   

参考or関連記事 

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(参考or関連記事2)

(参考or関連記事3)